超十代対談企画!世代を超えた対談 #03 – NEWS

超十代対談企画!世代を超えた対談 #03

第三弾となる超十代特別対談。

今回は自由民主党青年局長の牧原秀樹衆議院議員とモデルやバンドと多方面で活躍する澤田汐音さんに「選挙について」や「将来のこと」などをテーマに対談を実施いたしました。

(右:牧原議員・左:澤田汐音さん)

 

まずは初対面ということで、簡単に自己紹介をお願いします。

 

澤田さん:「澤田汐音」(さわだしおね)です。高校三年生の18歳です。「Popteen」の専属モデルと、ガールズバンドのLe Lien(ルリアン)でヴォーカル&ギターを担当しています。インターネットテレビ局AbemaTVで放送中の「原宿アベニュー」という番組で木曜日のキャスターもやらせて頂いています。「超十代」夏期講習では、まだはっきり決まっていませんが 「先生」の講習に参加する「生徒」役として出演する予定です。

 

牧原議員:「牧原秀樹」(まきはらひでき)と申します。

私は現在自民党で「青年局長」をやっております、と申しましても昭和生まれの45歳でありまして。昔なら「中年局長」と言われても仕方がありませんが、45歳までは「青年」ということで、現在3期目の「青年局長」となります。

それ以前は、日本とアメリカの弁護士を務めておりまして、その後経済産業省の政府の弁護士をしたことから、そのあと出馬をして現在の政治の世界に入りました。

政治活動をしてからは11年目になります。政治家としては、最初自然や動物の命を守る「環境政務官」を務め、現在は「自由民主党副幹事長」という党の執行部と「青年局長」を併任しております。

 

「青年局長」としてのご活動をもう少し詳しくお教え頂けますでしょうか。

 

牧原議員:日本全国47都道府県に「青年部」と「青年局」という組織があり両方ともある地域もあるのですが、各地域で自民党の若手議員と一般の方が集まっています。「青年」の定義となる年齢は、各地域によりまちまちで65歳で「青年局」に所属の方もいらっしゃいます。

現在では「学生部」という組織にも力を入れておりまして、そこには「澤田」さん のような「高校生」「大学生」「専門学生」も参加できるよう「青年局」が全国で管轄しています。

その他、国家としての「中国」との関りで、政府として「台湾」と正式な国交が結べない際に 伝統的に「青年局」が窓口となって対応をしていました。

今年は参議院選挙での初めての「18歳選挙権の実現」ということでしたので、その対策は私たち「青年局」がメインとして取り扱っていました。

その他いろいろな各団体との「若手の交流」も幅広くやらせていただいております。

 

澤田さんは投票日の後で18歳のお誕生日を迎えましたので、投票ができませんでしたが、

今回の参議院選挙は澤田さんから見て、どのような印象でしたか。

 

澤田さん:私は昔から親や祖父母に連れられて一緒に選挙に行っていたので、20歳になったら投票に行こうと以前から思っていました。

今年の7月で18歳になったので、次回からは親と一緒に選挙に行って政治に参加したいと思います。

 

牧原議員:実は政治に対する意識というのは、家庭の影響がかなり大きいです。

その意味で、現在は二極化しています。それは 昔の選挙の投票率は90%以上で無茶苦茶高い数字でしたが、それがだんだん下がってきて今回の参議院選挙では54%程度になっています。これは澤田さんのように、ご両親が投票に行くという方は自然とお子さんも投票に行くものだと思って投票に出かけますが、投票にまったく出かけないご両親の子供は 投票に行かないどころかそういった話すらしない状況になっています。そのまた家庭の子供はさらに選挙に行かないわけで 三代くらい戦後から時間が経過して、この格差はものすごく広がっており、それは「経済格差」や「教育格差」にも繋がっています。

 

澤田さんはその意味でもよい「おじいちゃん」・「おばあちゃん」・ご両親を持たれたのではないでしょうかね。(笑)

 

 

澤田さんから牧原さんへのご質問は何かございますか。

 

澤田さん:牧原さんは, 「どうしてこの政治家という ご職業に就かれたのですか?」

 

牧原議員:私の場合は知り合い含め政治に関わっている「一族郎党」は誰もおりませんでした。ましてや、澤田さんのように「かわいいから」といってのスカウトもありませんでした。(笑)

 

私は小さい時から歴史がとても好きで、我々の人生というのは悠久の歴史から観ればほんの一瞬で 「バトンタッチ」をしているような感じです。

私たちが今あるのは、私たちの上の世代があるからであり、またその上の世代のお蔭ですので、小さいころからその「バトン」を次世代にきちんと渡したいなぁと思っていました。それが理由で最初は「経済弁護士」になりました。

 

私が一つ弁護士時代に苦手だなと思ったのは「お金儲け」という部分でした。

大きな弁護士事務所に所属していた時は、当然ながらお金を稼ぐように活動をする必要が

ありましたが、自分としては「困った人を助けたい」という気持ちの方が強かったと思います。

アメリカに渡った時も「通商法」を勉強して貿易を司る仕事をする弁護士を目指し。

3年半後に帰国してからは、アメリカで学んだことを生かす政府の仕事に就きました。

 

アメリカでの滞在時にちょうど「9.11同時多発テロ」に遭遇し、平和と政治の力に対する危機感をもちました。それと同時に愛する者の命が一瞬で奪われることへの悲しみを感じました。

こういったことがない世界や日本を造りたいといった思いが日本に帰って「経済産業省」で働くうちに強くなり、さらにその時に知り合った政治家の方に対しては、「こんな方々に日本を任せられない」とも思い、自分自身がこの国の政治を良くして日本を幸せにしたいと 勝手に思い立ったのがその理由の一つになります。

 

澤田さんはこれから自分はこうなりたい!といった思いは何かありますか?

 

澤田さん:私は小学5年生でスカウトされて『ニコ☆プチ』という雑誌のモデルを始めました。モデルのお仕事は、やりたかったからというよりスカウトされて始めたので、「バレリーナ」になりたいと思った時期もありました。ただ今は「モデル」としてもっと色々なことがしてみたいという気持ちに変わったので、「モデル」はこれらもずっと続けたいと思います。あと、グループとしてのバンド活動では新しいことに挑戦して、メンバー4名で「武道館ライブ」を目指して頑張っています。

 

その他、AbemaTV「原宿アベニュー」ではキャスターをやらせていただき、お話しをするお仕事の楽しさを覚えました。バントのMCにも役立つし、バラエティー番組に出るきっかけになればと思うので、色々なことを吸収してこれからマルチなタレントになることが私の将来の夢です。

 

牧原議員:なるほど、すばらしい! (笑)

 

私はこの部屋に飾っています「意志あるところに道がある」という額入りの言葉が座右の銘なのですが、実はこれは大学浪人した時に申し込んだ「Z会」(ぜっとかい)という通信教育会社からいただいたテレホンカードに書いてあった言葉です。

私は中高一貫教育の私立麻布高校の出身で、当時は学校の成績もよくそのまま東大に進むのがある意味「当たり前」とまで思っておりました。それが、受験に落ちてしまい自分が「当たり前」と思っていた道がなくなってしまったような「喪失感」を抱いていた時に、その言葉が書かれたテレホンカードを受け取り、自分に対して「本当に自分の意志で東大に進学したかったのか」から「どういう人生を送りたかったのか」までを問いかけた時に、人生における「道」というものはあらかじめ用意されたものではなく、自分がやりたいから造っていくもので、逆に考えますと、そこに「意志」がある限り、道を造ることができるということが、自分の信念になります。

自分が信念として「やりたい」と思っている限りは、必ず叶うと思います。

もちろん、そのためには努力も必要です。

 

その意味でも澤田さんが内なるエネルギーで「やりたい」と思ったことは、諦めないで努力すれば必ずやり遂げられます。もしそれが人からやらされているからだとか、何となくそう思うというような軽い気持ちだったり、努力を怠ってしまったりすると、それは実現できなくなってしまいます。そういった意味で、この額にある言葉を参考にしていただきたいと思います。私は澤田さんには、是非やり遂げて欲しいと思います。

 

 

もし、澤田さんがご自身の番組のMCとして、牧原さんとご対談をする事になった場合、どういったお話をしたいと思いますか。

 

澤田さん:今まではモデルとして一人で活動をしてきましたが、現在はガールズバンドとして4名でグループ活動もしています。どのようにしたら私達4名が輝いて見えるのかな、という点で色々考えながら行動しています。メンバーのそれぞれが性格も違い、なかなかお互いの気持ちが表現できず伝わりきれないところもあります。

このバンドが結成されてもうすぐ3年になりますが、最初のうちは気持ちの深いところまで理解するのが難しい時期でした。

 

私は学生生活を含めて、集団の先頭に立つことはあってもその集団の責任者になったことは、今までありませんでしたが、バンドの中でヴォーカルという責任の強い立ち位置になって、リーダーではないにしても他のメンバーを引っ張っていかなければいけないという立場になり、「むずかしい」ということと同時により一層「やりがい」も感じています。

 

牧原議員:リーダーって大変ですよね。 

 

自民党にも「安倍さん」(安倍総理)という方がおりまして、この方がリーダーなのですが、一回目は「お腹が痛くなって辞める」というよろしくない辞め方をしましてね。その際に少なくとも一般国民の中には、「安倍さん」がそのあと復活すると予測された方は誰もいらっしゃらなかったと思います。

実は、「安倍さん」は総理官邸を見下ろすのに最も適した位置関係のお部屋をお持ちでして、そこで毎日いつかはその場所に必ず戻ると誓って、あきらめずに考え続けていました。リーダーにはそうした「ブレない信念」が大事だと思います。それは「柱」のようなもので、強ければみんなが捕まりますから、それがしっかりしていなければ誰も怖くて捕まりませんよね。

 

澤田さんの所属しているグループも、澤田さんがしっかりした「信念」を持っていれば

どんなに暴風雨が来ようがつらい時が来ようが皆が頼りにしてやっていけると思いますので是非頑張ってもらいたいですね。

 

 

牧原さんから澤田さん含めた選挙権を得た十代の方及びこれから選挙権を得る十代の方にメッセージをお願いいたします。

 

牧原議員:私は今までも一貫して申し上げておりますが、これからの世代は「逃げ切れない世代」といえます。「逃げ切れる」というのは「マラソン」で例えますと、そのままのペースで維持していけば、ゴールインできてしまうという意味ですが、「逃げ切れない」というのは

そのままのペースでは追いつかれて負けてしまうという意味です。つまりはペースを変えなければいけません。

 

現在の日本において、このことを当てはめて考えてみますと、超「少子高齢化」進み人口は減少し、さらに借金が膨大化している状態です。まして、技術力はほとんど他国からみた優位性は失いつつあります。こういった中で、今の日本国民の生活水準や企業の利益水準を維持しようとすると、このままでは立ち行かない状況に残念ながら入っております。

 

私たち政治家は、マイナスとなるペースを変えるために「安倍さん」を先頭として、大胆な金融緩和といった政策を実施しておりますが、国民ひとりひとりのレベルでは、「誰かが何とかしてくれるよね」ということが通用しない時代になってしまいました。その意味では「誰かが何とかしてくれる」のではなく「自分の力で何とかする」という意識がないと将来がつらくなってしまいます。日本で高齢者が増加して、その方の年金負担や医療負担。介護費用が増大しますと、とてもではないが、こういった方々を支えるという余力がなくなってきます。

その意味で、若い方のお力が日本にとって必要なので、皆さんには是非ともそういう意識をもっていただきたいと思っています。

 

私は、日本の状況を沈没船「タイタニック号」に例えて表現しますと、他国の方々からみて日本は氷山に衝突して沈没しているのに、船に乗っている日本の乗員はそんなことに気づかず自分たちは世界一の豪華客船に乗っているので、沈むわけがないと思っているというような状態です。これは「過信」であり、このままでは間違えなく「沈没」します。

この場合で「自分で何とかする」ということは、例えば沈没船に救命ボートの備えがなくとも、「自力」で岸まで泳いで助かろうとする意識のようなことを意味しています。

ここからさらに若い方からは、この日本という船を沈まないようにするという「力」をいただきたいと思います。それは「チェンジオブペース」ということで、今までの発想とか延長ということでは、立ち向かえません。 「新しい力」や「新しい発想」があればこの日本という船は沈むことはなくなると思います。現実として日本では歴史において「明治維新」、「戦後」とも、若い力で沈みそうだった「日本丸」をもう一度浮上させて、さらにそれだけではなく世界第二位の経済大国にまで押し上げてアジアで最も尊敬される国になりました。

若い世代の方々によって、この日本という国はまた必ずもっと良い国になると確信しています。

 

澤田さんの場合で、お話しをしますと過去のバンドを参考にすることは大切ですが、そのバンドを目標とするのではなく、既成のどのバンドにもなかった境地を目指すとか、モデルであれば、自分にしかない境地や世界を切り開くような活動をしていただければ、きっとそれは、澤田さんにとってもプラスになり、日本を浮上させる「力」になってくれるはずです。

 

澤田さんに限らず私は人間には、1つ以上の何かしら他の人にはない世界にたった1つの才能があると思います。ただそのことをほとんどの人が気付かないで人生を終わってしまいます。私はそれを気づかせるような教育をしたいし、社会にしたい。そうすることによって、各人がその1つの花を咲かせることで、この国はもっとよくなっていくのだと思います。私自身はそんな国を目指しています。

 

 

 

澤田さんに質問です。政治家さんとのご対談は初めてだったかと思いますが、開始前と今現在で何か印象が変わった事などはありますか

 

澤田さん:私にとって政治は難しいので、まだ理解するには早いと思っていましたが、もう18歳になり、他人事ではなく自分たちも関わらなければいけない年齢になったので、お仕事も頑張りつつ、日本のことも詳しく見つめていきたいと思いました。

 

牧原議員:すばらしい。 最高ですね(笑)

 

牧原議員:あと、機会があれば外国にもどんどん出かけて欲しいと思います。

特に日本より貧しい国を訪問すると如何に政治って大切なのかがわかります。

そして日本が幸せな国だと感じると、愛国心が生まれます。

 

私が20年以上前にカラオケボックスに勤務していたころは、カラオケが大ブームの頃で、カラオケで歌いたい為にCDを購入したので、CD売上もミリオンが連発していました。

これがアーティストや芸能プロダクションの収入源でしたけど、現在ではCDはまったく売れませんよね。これはYouTubeが出てきて誰もが無料で視聴できるからです。

カラオケは、最初無料でサービスしていましたが、現在は著作権利用の対象となり、作詞家作曲家には使用料としての収入が入ります。ただ歌唱者や演奏者はこの対象とはなりませんので、その方々はコンサートやライブ活動が収入源となります。

これによって何が発生したかというと、以前は実際にはかわいいけれど歌唱が下手で、

「口パク」だったアーティストがファンを誤魔化せなくなってしまいました。

 

このように時代が変化する中で。今後は国内マーケットだけではなく海外マーケットを捕えるような展開を考えざるを得ないと思います。

そうなると日本の狭い中で大衆に受けるというだけではなくて、お隣に中国という13億人の人口という巨大なマ-ケットがありますので、その国の若い方々が熱狂するような活動も進めていただきたいと思います。

 

アメリカのビルボードという歌のランキングで日本人として第一位を獲得した歌は、今まで一曲しかありません。それは先日亡くなられた永六輔(えいろくすけ)さんが作曲された「上を向いて歩こう」という坂本九さんが歌われたアメリカでの別名「スキヤキソング」とういう歌です。

このビルボードにおいて、次の日本人としての第一位を澤田さんのグループの「ルリアン」が獲得したら痛快ですよね。アメリカでなくともイギリスでも素晴らしいと思います。是非そのようなところにも夢を広げて頑張ってください

 

 

お二方とも本日はお忙しい中お時間いただき有難うございました。

 

 

 

Le Lien(ルリアン)

ティーンに大人気の現役モデルで結成された16~18歳の女の子4名で結成したガールズバンド。

コンセプトは、“ファッション+音楽”の融合。

2015 年 4 月 29 日に初めてリリースしたインディーズ CD、1st ミニアルバム「530 日」がオリコン 5/11 付週間インディーズアルバムランキングで見事 1 位を獲得。

そして、2 年間の実績を重ね、2015 年 9 月 2 日シングル「がんばり Doki」でメジャーデビュー。

実力とルックスを兼ね備えた、新時代を担うガールズバンドです。

◆リリース情報

8月24日Release

3rdSingle「夏一色」

疾走感ある ルリアン サウンド全開!誰もが経験した夏のワクワク感、開放感、胸の高鳴りを歌ったサマーソング!!さらに、女子バン普及活動!!業界初 練習音源&譜面も収録。

8月31日Release

1stAlbum「ルリアン –Girls band story-」

バンドを始めて3年!!待望のメジャー1st アルバムついにリリース決定。

ルリアンにとってのガールズバンドストーリーは『武道館ワンマンライブ』!!夢に向かって突き進んでいます。

このアルバムは今のルリアン(※ファンとの絆)が詰まった、さまざまなルリアンの顔が見えるサウンドが特徴的。このアルバムを聴けば、ルリアンに会いたくなる!ライブに行きたくなる!!